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日産婦誌 第64巻第1号―最新
学術講演会抄録集 第64回―最新
日産婦誌 学術講演会抄録集 1949年-2011年

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開催年 回 タイトル 著者名 本文
教育講演6
生殖医療の現状と課題
柴原 浩章
兵庫医科大学
 今や女性の平均初婚年齢は30歳に迫り,近年の受診カップルの不妊原因の特徴は,従来からの三大因子(排卵・卵管・男性)をも凌ぐ女性の高年齢化による年齢因子の急増である.生殖補助医療(ART)の登場以来,不妊治療は少子化による人口減少の歯止めに大いに貢献してきたが,治療の現場では常に卵巣機能低下との戦いという問題に直面している.
 ARTにおいてはAMH値を参考に卵巣刺激法は個別化(iCOS)され,ゴナドトロピン製剤やGnRH antagonist製剤は自己注射も可能となり,プロゲステロン製剤の経腟投与による黄体期管理が一般に行われている.胚培養士という技術職が誕生して医師への過剰な負担は激減するとともに,彼らの熟練の技術によりIVFによる受精障害症例には卵細胞質内精子注入法(ICSI)が応用され,培養液開発の努力により胚盤胞培養がルーチン化し,胚凍結法においても従来の煩雑な緩慢凍結法から簡便なガラス化凍結法(vitrification)に移行し,本邦でも一定のART治療成績を得る状況に至っている.
 卵子や卵巣の凍結は,がん生殖医療の領域では必須の技術として定着し,がん治療終了後に凍結卵子へのICSIによる出産例や,凍結卵巣の再移植による出産例が報告されている.ただし妊孕性温存の真の成功とは,凍結した卵子や胚,卵巣が,将来確実な妊娠・出産に結びつけられるかである.医学的適応による未受精卵子凍結の最近のデータから,凍結保存したM II期卵子数当たりに挙児を期待できる確率は,35歳以下,35歳以上で有意な差がある.凍結数別では5個で15.4% 対 5.1%,10個で60.5% 対 29.7%である.早急ながん治療開始のため限定された期間内に十分な数の卵子凍結保存には限界があり,特に35歳以上の女性には積極的に卵巣凍結を推奨すべきではないか,データの集積に基づく検討が必要である.この事実は一般の未婚女性も例外でなく,不妊の予防という観点から,例えば健康診断の採血の際に希望すれば,AMH値の測定により自身の卵巣予備能を理解した上で人生設計を熟慮し,個々の事情によっては妊孕性温存を考慮できる時代が来るかもしれない.
 一方で精子凍結はICSIを目的とすれば簡単な技術と捉えられがちであるが,人工授精で妊娠を狙うには更なる技術改良が必要である.AIDの対象カップルが生産分娩に至るのは,わずか10%程度であるという現実を直視しなければならない.
 ART難治症例である反復着床障害へのアプローチとして様々な対策が講じられてきたが,一部にはクライアントに負担を強いる過剰診療という見解がある.今後もエビデンスレベルの向上を目指し,流行に惑わされない批判的吟味という姿勢が望まれる.本邦において進行中のPGT-Aの有用性に関する臨床研究の結論も待望されている.
 最近になりようやく,生殖補助医療・妊孕性温存・不育症等への保険適用や公的補助が政府レベルで検討されるようになり,この点は高く評価できる.一方,チーム医療である生殖医療の従事者は,諸学会が認定する生殖医療専門医,生殖医療コーディネーター,生殖補助医療胚培養士,生殖心理カウンセラー,遺伝カウンセラー等,各々の職種の専門者資格の取得を目指し,更に認定後も日々努力を怠ることなく生殖医療で挙児を希望するクライアントの期待に熱く応えていかねばならない.あわせて若いカップル達が安心して産み育てることのできる社会の政府による構築が,この国の永遠の発展に寄与することは言うまでもない.
2021年 第73回